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怪盗レッド スペシャル 第4話 マサキの“なにごともない”休日[前編]

 

 高級マンションのキッチン。
 おれは、そのキッチンに立っている。
 夜中に帰ってきた、恭也(きょうや)様の食事を作るためだ。
「あ~~今日も疲れたよ、マサキ」
 リビングのソファに、大きく足を広げて腰を下ろした恭也様が言う。
「おつかれさまでした。すぐに食事の準備をするので、少々お待ちください」

 最近の恭也様は、日本中あちこちをまわって、〝調査〟をしているらしい。
 らしい、というのは、おれは同行を許されていないからだ。
 恭也様の師匠であり、先代の「怪盗(かいとう)ファンタジスタ」である、「ラドロ」のボスは、恭也様に1人で調査を行うように言いつけている。
 なまった恭也様の体を、鍛(きた)えなおすためということだ。

 たしかに、フラワーヴィレッジ城から転落したあと、回復するのに、1カ月以上も時間がかかっている。
 そう簡単に、本来の動きが、もどるわけがない。
 それがわかるからこそ、しぶしぶ同行せずにいる。
 だから今は、おれにとって、セーフハウスにもどってきた恭也様のお世話をする、大事な時間……。

 …………だが。
 おれはそう考えながらも、ちらちらと、キッチンのカウンターにおいたスマホを見る。
 さっきまでそこには、トークアプリの画面が開いていた。桜子(さくらこ)とのトーク画面だ。
 宇佐美(うさみ)桜子。
 行方(ゆくえ)知れずだった恭也様を探しているときに、ぐうぜん出会った――天才少女だ。
 本人は隠しているつもりだったようだが、桜子の頭の回転のはやさ、調査能力など、あれで〝ただの女子高生〟ではない。
 すぐに気づいたが、本人が隠したがっているようなので、だまっていた。

 あのあと桜子について調べてみたが、想像以上の実績だった。
 もう数年もすれば、世界に名前を知られることになるだろう。
 ただ、見ていてとんでもなく、あぶなかっしい。
 真正面から危険に突っこんでいくようなことを、平気でやる。
 しかも、その自覚がない。
 今だってそうだ。
 おれは、もう一度、スマホを見る。画面に変化はない。

 今から約1時間ほど前のことだ。
 最初に、連絡先の登録をしたことを知らせるメッセージが来て以来、音(おと)沙(さ)汰(た)がなかった桜子から、2週間ぶりにメッセージが送られてきたのは。
 しかも、メッセージは、たった3文字。

 ――SOS

 直後に、なにかあったのか、確認のメッセージを送ったが、既読がついたのは、今から10分ほど前。
 しかも、桜子からの返信はない。
 ――なにをしているんだ、桜子は!
 いらだちを感じながら、おれはフライパンをあおって、空中に浮きあがったライスをまた受けとめる。
 なにかあったのか?
 無自覚のまま、危険に飛びこむ桜子のことだ。
 なにもないとは言い切れない。
 ああ、まったく!
 どうしておれが、こんなことに気をとられなきゃいけないんだ。
「マサキ。手が止まってる。こげてるみたいだけど」
 いつのまにか、恭也様がキッチンまでやってきて、フライパンの中を指さす。
 そこには、香ばしすぎるにおいがただよっている。
 しまったっ!
 あわてて、コンロの火をとめる。
 卵が、こげついてしまっている。
 こんなミス、いったい何年ぶりだろうか。
「失礼しました! すぐに作り直します」
「かまわないよ、これでいい。もったいないだろう」
 恭也様はそう言って、フライパンの中のオムライスを、お皿に移す。
 しかし、とても恭也様に召し上がってもらう出来じゃない。
「これでは味が……」
 おれは、手を伸ばすが、その前に恭也様がひょいと皿を取り上げてしまう。
「マサキ」
 恭也様が、あらたまった表情で言う。
「はい、なんでしょうか」
「明日……いや、もう日付が変わっているから、今日か。今日1日、休みをとっていいよ」
「そ、それは……!」
 おれが必要ない、ということだろうか。
 オムライスも満足に作れない、中途半端な従者など……。
「今のマサキの料理は、いつもよりおいしくなさそうだ。でも、1日休めば、いつも通りのマサキの料理が食べられる……そうだろう?」
 恭也様が、見すかしたような目で、おれを見てくる。
 もしや、すべて気づかれて……?
 いや。自分の行動をかえりみれば、気づかれるのも当然か。
 ――1日の休みで、問題をかたづけてみせろ。
 恭也様はそういう意味で、言っているにちがいない。
 なら、ここで断るのは、失礼だ。
 それに、桜子の件をかたづけないと、おれの心の安(あん)寧(ねい)がおびやかされているのは、事実だ。
「はっ。それでは1日、お休みをいただきます」
 おれは、深々と頭を下げる。
「そうそう。マサキは真面目(まじめ)すぎるから、少し羽をのばすぐらいがいいんだよ」
 恭也様はそう言いながら、リビングにむかいながら、スプーンですくってオムライスを口に運んでいる。
 本当は、食べながら歩くなど行儀(ぎょうぎ)がわるいとたしなめたいところだが……今は、お休みをいただいている身。
 見なかったことにしよう。
 おれは、さっそく自室にもどると、すばやく必要なものをバッグにつめこむ。
 そして、マンションを出る。
 むかうのは、桜子のところだ。

 

 今回の恭也様の潜伏先(せんぷくさき)は、桜子が住んでいる街(まち)から、だいぶはなれている。
 今は深夜の2時すぎ。
 電車やバスなどの公共交通機関は、すべて終わっている。
 だが、電車が動きだすまで待っているわけには、いかない。
 おれは、ざっと今使える移動方法を頭の中で計算すると、さっそく動きだした。

 移動を開始してから数時間がたち、おれは朝日のまぶしさに、目をほそめる。
 多少の費用がかかるのには目をつぶって、おれが桜子のいる街に着いたのは、朝の7時。
 思ったより、時間がかかったな。
 スマホのトークアプリの画面を確認するが、桜子からの返事はきていない。
 情報収集が必要だ。
 おれは、足ばやに桜子の通う高校へむかった。
 事件に巻きこまれているなら、呑(のん)気(き)に登校するとも思えないが、それを確認するためにも、まず行ってみるべきだろう。

 高校近くの通学路で、人目につかないように、おれは登校する生徒を見張(みは)る。
 しばらく、登校する生徒をながめていると、校門へとむかう生徒たちの中に、たった1人で歩く桜子の姿を見つけた。
 少し、目の下にくまができているが、それ以外は変わった様子はない。
 少なくとも、おれに「SOS」を送るような、緊急事態(きんきゅうじたい)が起きているようには見えない。
 ふうぅ……。
 おれは、ほっと息をつく。
 しかし、なぜ桜子はあんなメッセージを送ってきたんだ?
 桜子の性格からいって、質(たち)の悪いいたずらをするとは思えない。
 ならばあれは、「一見、ふだんどおりの生活を送っているように見せているだけ」という可能性もある。
 ……もう少し、見張ってみるか。
 恭也様には、今日1日の休みをもらっている。

 おれは、桜子が通りすぎるのを待ってから、移動を開始する。
 調べた情報によれば、桜子のクラスは、たしかこのあたりのはずだが……。
 おれは、校舎の窓が見える、校庭の大木の上に登り、気配を消して双眼鏡(そうがんきょう)で確認する。

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……いたな。
 桜子が窓ぎわの席にすわって、授業を受けている。
 いや。あれは授業ではなく、テストか。
 クラス中の生徒が、もくもくと机にむかっているから、その可能性が高そうだ。
 桜子は普通にテストを受けているだけのようだ。
 だから異常はない…………と断定するのは、ちょっと早いようだな。
 おれは、校舎とは反対方向に、視線をむける。
 学校のまわりに立つビルの一室。その窓ガラスの1つが、キラリと光っている。
「望遠(ぼうえん)レンズ……位置取りからいっても、プロの監視(かんし)だな。しかも、監視対象は、桜子か」
 校舎とビルの位置関係、それに望遠レンズの光の角度をざっくり計算して、考える。
「トラブルを招(まね)きよせる特異(とくい)体質(たいしつ)なのか?」
 おれは、ため息をつく。
 SOSが、このことだったのかどうかはわからないが、放(ほう)っておけば、桜子がやっかいごとに巻きこまれるのは、まちがいない。
 なら、おれのやることは1つだ。

 すとん、と音もなく大木から降りると、おれはビルにむかって移動を開始する。
 どうやら、監視者のいるビルの5階は、テナントが入ってないらしい。
 おれがさっき、光を確認したのも5階。
 わかりやすくて、助かるな。
 相手は、プロではあるだろうが、それだけだ。
 おれは5階にあがると、気配を消して進む。
 あそこだな。
 ドアの前に、スーツ姿のいかつい男が立っている。
 しかも、わきのあたりのふくらみを見ると、銃(じゅう)を持っているか。
 ……さわぎを起こすわけにはいかないからな。
 おれは、ギリギリまで気配を消して近づいてから、ドアの前の男に声をかける。
「ご苦労なことだな」
「な、なん…………がっ!」
 おれは、すばやく腹に拳(こぶし)を打ちこみ、男を静かにさせる。
 そして、男の背後のドアを小さく開けて、中の様子をうかがう。
 窓ぎわで、監視をしているのが、男2人。
 こちらには、まだ気づいていない。
 なら、とっとと終わらせるか。
 おれは、ドアのすきまから部屋の中にすべりこむと、足音を消して、窓ぎわで監視している男たちの背後に立つ。
 ようやく男たちが気づいて、ふり返る。
「き、きさま、なにも……ごほっ!」
 有無(うむ)を言わせず、男の1人のあごに掌底(しょうてい)を突きいれる。
 男の体が浮きあがってから、床に倒れこむ。
「な、な、なにものだ!」
 もう1人の男が、床にしりもちをついて、あとずさる。
 男の顔が、恐怖で引きつっている。
 今ので実力差がわからないようなら、プロの裏(うら)世界で生きてなどいけないだろう。
 この男も、ただだまらせるなら簡単だが、それだと情報が引き出せない。
「……だれを監視している?」
「そんなことを言うわけ……」
 ヒュン、とおれは男の顔の真横に、パンチをはなつ。
 男の髪が、風でなびく。
「ひっ……!」
「もう一度きく。だれを監視している? 目的はなんだ?」
「う、宇佐美桜子とかいう女だ。拉致(らち)してくるようにたのまれた。そうだ! たのまれただけなんだ」
 男は、おびえた様子で答える。
 やはり桜子がターゲットか。
 やはり、放っておかなくて、よかったな。
「おまえらを雇(やと)ったのはだれだ?」
「い、依頼人について言うわけが……はいっ! 言います!」
 おれがもう一度、拳をかまえると、男があっさりと口を割る。
 依頼人をききだしたおれは、男に「仲間のあとかたづけをして、この件から手を引け」と言って、ビルの外に出る。

 あれなら、桜子がさらわれることはないだろう。
 大きな組織に属(ぞく)していない、小さなグループのようだ。
 プロだからこそ、引きぎわをわきまえて、自分の命を優先して考えるだろう。
 しかし、これでほしい情報は手に入った。

「……だいたい、事件の構図(こうず)が見えてきたな」

第5話につづく

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