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怪盗レッド スペシャル 第6話 怪盗レッドの家族写真

   *****

 大通りを横に入って、小道を先にすすむ。
 見えてくるのは、1軒(けん)のお店。
 店の中には、明かりがともっている。
 近づいていくと、窓越(まどご)しに、めずらしいデザインの、カップやランプなどが見える。
 ここは、美華子(みかこ)さんが趣味でやっている、輸入雑貨屋(ゆにゅうざっかや)さん。
 わたしとケイは、今日は美華子さんにさそわれて、美華子さんのお店にやってきたんだ。
   カランカラン
 木製のドアを開けると、ドアについたベルが鳴る。
「は~い、いらっしゃいませ」
 お店の奥のほうから声がきこえる。
 ドタバタと音がして、美華子さんが奥から出てきた。
「あら? アスカとケイじゃない。もうそんな時間なの?」
 美華子さんが、わたしとケイのすがたを見て、おどろいたように、壁(かべ)にかかった時計に目を向ける。
 約束したのは、午後2時。
 今は、その10分前だ。
「おじゃまします、美華子さん。いそがしいところでした?」
 わたしが言う。
となりでケイも、ちょこんと頭を下げている。
「大丈夫、大丈夫。ひさしぶりにお店にきたから、探しものに熱中しちゃって……。奥へどうぞ」
 美華子さんが、わたしとケイを奥に案内する。
 わたしは、お店の中を歩きながら、まわりを見まわす。
 この輸入雑貨屋さんにおいてある商品って、変わったデザインのものが多いんだよね。
 海外でつくられたものらしくて、ライオンの口の中にライトがついていたり、亀(かめ)の甲羅(こうら)をさかさまにしたデザインのティーカップがあったり。
 もちろん、落ちついたデザインのものもあるけど、近所の店で見かける商品とは、少しちがうものばかりなんだ。
 美華子さんは、この店を、完全な趣味としてやっている。
本業は、貿易(ぼうえき)会社の社長だ。
 お店は、美華子さんが日本にいるときにしか開けていないから、あんまり売れてないみたい。
 それでも、通ってくれるお客さんはいるんだって、前に美華子さんからきいたことがある。
「今日はもう、店じまいね。閉店のプレートに変えてきちゃおう」
 美華子さんが言って、お店のドアの外側にかかったプレートを「閉店」に変えてきた。
「いいんですか? せっかくお店を開けたのに」
「いいの。たまにはゆっくり、あなたたちと話したいと思ってたし。どうせお客さんもこないし」
 美華子さんはそう言って、ケラケラと笑う。
 ……お客さんがこないっていうのは、笑いごとじゃない気もするんだけど……。
「さぁ、すわって。今、紅茶(こうちゃ)とコーヒーを用意するわ」
「あっ、それなら、お父さんから美華子さんに、おみやげをあずかってきました」
 わたしは、持っていた紙袋をわたす。
「わあっ! これ翼(つばさ)兄さんの手作りパウンドケーキじゃない! 翼兄さん、お菓子もおいしいのに、めったに作らないから、すごくレアなのよね」
 美華子さんが、紙袋の中身を見て、興奮(こうふん)したように言う。
 そうなんだよね。
 お父さんは、お菓子を作るのが上手なのに、あまりつくらない。
 でも、たまに作ると、お店で買うのより、ずっとおいしいんだよ!
 だから、おみやげ用に、パウンドケーキを焼いているのを見て、ひそかに楽しみにしてたんだ。
「それじゃあ、これも切り分けましょう。2人も手伝って」
 美華子さんが言って、手早くお茶会の準備をする。
 といっても、コーヒーを入れるのは、ケイがやったし、紅茶の準備や、パウンドケーキの切り分けは、美華子さんがやったんだけどね。
 わたしは、自分の実力がわかっているから、お皿に盛りつけられたパウンドケーキをテーブルに運ぶ係だ。
 お茶会の準備ができると、わたしたちは木製のテーブルのまわりにすわって、パウンドケーキを、ひとくち。
 う~ん……おいしいっ!
 口に入れると、ふわっとしたやわらかさが伝わってきて、そのあとにやさしい甘(あま)い味が広がる。
 不思議なのは、甘いのに甘すぎないってこと。
 いつまでも残る甘さじゃなくて、さらっと甘さが口の中で、とけてなくなる。
 そのせいか、甘いものがあんまり得意じゃないケイも、気にならない様子で食べている。
「……やっぱりおいしいわね。本当に料理では、翼兄さんに勝てる気がしないわ」
 美華子さんが、食べながら、ため息まじりに言う。
「お父さんって、昔から料理が得意だったんですか?」
「そうよ。料理する必要があったのと、お父さん……あなたたちからすると、おじいちゃんか。そのおじいちゃんが、料理が得意だった影響もあるんだろうけど」
「へえ~」
 わたしは、お父さんのほうのおじいちゃんには、小さいころにしか会ったことがないんだよね。
 だから記(き)憶(おく)もおぼろげなんだけど、やさしそうな人だった気がする。
 わたしたちは、パウンドケーキと紅茶とコーヒーを楽しみながら、いろんな話をする。
 だいたい、話をしていたのは、美華子さんとわたしだけどね。
 ケイは、必要なときしかしゃべらないし。
 それでも、つまらなそうにはしていなかった。
「そういえば、それ。ちゃんとつけてるのね」
 美華子さんが、わたしが首から下げたペンダントを指さす。
「なくしちゃうと嫌だから、ふだんはつけないんですけど、今日はいいかなと思って」
 わたしは言って、首からペンダントをはずす。
 これはロケットペンダントといって、チェーンの先に写真を入れたケースがついている。
 同じものを、ケイも持っているんだ。
 そしてこれは、元々は、お母さんたちのものだったんだって!!
 これをゆずり受けたのは、見神島(みかみじま)だったなぁ……。
「写真は、新しいのを入れたのね。……なつかしいわね、あのときのこと」
 美華子さんが目を細めて、なつかしそうに語るのに、わたしは首をかしげる。
「あのときって? 見神島に行ったときですか?」
 そんなに昔のことでもない気がするけど。
「ちがうわよ。ほら、島に行ったときに、少し話したでしょう。――そのロケットペンダントが盗(ぬす)まれたという話」
「ああ! はい、ききました。お母さんたちが、すりの被害に遭(あ)ったって」
「そうそう、そのときのことよ。8年前……もうすぐ9年になるかしら。あのときは、アクシデントもあったけど、楽しい思い出も多かったから」
「それって、お父さんやお母さんたちとの……」
「ええ、そうよ。……そうね。ただの昔話だけど、アスカとケイの2人には、きいてほしいかも。きいてくれる?」
 わたしは、もちろん大きくうなずく。
 となりでケイも、コクリとうなずく。
「じゃあ、話すわね。ロケットを盗まれたってこと以外は、特別どうということもない話だけど……」
 美華子さんは、そうことわってから、ゆっくりとした口調で、8年前に見神島で起きたことについて、語りはじめた。

   *****

「杏子(きょうこ)さん、美緒(みお)さん。まだ食べ歩きするんですか?」
 私――美華子は、前を歩く2人を見ながら、あきれ顔で言った。
 あたりには、浴衣(ゆかた)すがたの老若男女や、ものめずらしそうにまわりを見ている外国人など、色々な人が、笑顔で歩いている。
 ここは見神島。
 この島では、8年に一度だけとりおこなわれる、2日間のお祭りがある。お祭りの2日目の最後には、巫女(みこ)が舞(ま)う神事(しんじ)が行われる。
 もともとは、ひっそりやっていたお祭りだったらしいけど、いつのまにか国内どころか、海外でも有名になったらしい。
 SNSで紹介されたら、あっという間に情報が広がるしね。
 そんなわけで、お祭りの日の前後は、かなり前から旅館の予約をとらないと泊まれないぐらいたくさんの人が、島にやってくる。
 私は、本当はくる予定じゃなかったんだけど、杏子さんと美緒さんにさそわれて、2家族の旅行に合流することになった。
 杏子さんと美緒さんの少し前を、翼兄さんと圭一郎(けいいちろう)兄さんが、ならんで歩いている。
 翼兄さんは、いつの間に買ったのか、戦隊もののヒーローのお面を、頭の横につけている。
 圭一郎兄さんは、さっき輪投げでとった景品のミニカーを、小さなドライバー1本で、歩きながら解体してしまっている。
 ……この2人は、あいかわらずね。
 2人の兄の変わらない様子に、ちょっと安心しつつ、私は、杏子さんと美緒さんの横に、それぞれぴったりとくっついている子どもたちに目を向ける。
「ママ! あのべびーかすてらっていうの食べたいっ!」
「はいはい、ちょっと待ってねー」
 美緒さんの娘のアスカが、浴衣のそでを引っぱって、ねだっている。
 たしか、さっきまでこの子、りんご飴(あめ)を、食べていた気がするんだけど……。
「…………」
 杏子さんの息子のケイは、ものしずかだけど、気がつくと興味があるほうへと、無言で歩いていってしまう。
 杏子さんが、その手をにぎって、歩く方向を修正してる。
 ……やっぱり、紅月(こうづき)家(け)の血ってことなのかしら?
 ケイにかんしては、すでに天才性を発揮(はっき)しているらしい。
 圭一郎兄さんとはちがって、兄さんと杏子さんは、きちんとした場で、息子の才能を育てることにしたみたい。
 そんな2人の子どもたちは、さっきから私に警(けい)戒(かい)するような目を向けている。
 もっと小さいころには会ったことがあるんだけど、私がずっと海外に留学していて、顔を合わせなかったからか、アスカは覚えていないらしい。
 ケイのほうは、覚えてはいそうなんだけど、その上で警戒されている気がする。
……私、なんか悪いことしたっけ?
 イギリスの大学に入学して、それからは、ヨーロッパを転々としていたから、アスカが私のことを覚えていないのは、しかたないんだけど、さすがに甥(おい)と姪(めい)からこんな目で見られるのは、ちょっとへこむかも。
「ところで、美緒さん。それ、よっぽど気に入ってくれたんですね」
 私は、美緒さんがときおり巾着(きんちゃく)から、ペンダントを出して、ながめているのを見て言う。
「それはそうよ。家族の写真を入れておけるロケットだなんて、素(す)敵(てき)じゃない」
 美緒さんが答える前に、杏子さんがふり返る。
 杏子さんも、巾着から、同じデザインのペンダントをとりだす。
 このペンダントの先のロケットには、数枚の写真を入れられるようになっている。
 私が海外で見つけて、この2人にプレゼントしたもの。2人ともすごく気に入ってくれたのは、うれしいんだけど……。
「でも、私の写真まで入れなくてもよくないですか? しかも、むかーしの写真だし、ちょっとはずかしいんですけど……」
 2人のロケットペンダントには、夫婦で撮った写真のほかに、私の高校生のときの写真も、なぜか入っている。
「だって、美華子ちゃん、高校を卒業してから、ほとんど日本にもどってこなかったじゃない。だから、ちょうどいい写真がなかったの」
 杏子さんが、くちびるをとがらせて言う。
「そうそう。日本に帰ってこない美華子ちゃんが悪い。私たち、さびしかったんだから」
 美緒さんも、おどけた様子で賛成する。
 ……もう、この2人にはかなわないなぁ。
 私の写真を入れないという選(せん)択(たく)肢(し)が、この人たちには、最初からないんだから。
「アスカとケイの写真は、どうするんですか? まだ入れてないんですよね?」
 私は話をそらす。
「ええ。この子たちの写真は、この島にいる間に撮ろうと思っているの。でも、この2人で撮るか、家族7人でいっしょに撮るか、悩むところなのよね……」
 杏子さんは、あごに手をあてて、首をかしげる。
 さらっと、私も家族の人数にカウントされている。
「今の写真を抜くのもなんだから、家族7人そろってるのがいいんじゃないかって、わたしは言っているの」
「そりゃ、高校の制服すがたよりは、いいですけどね……」
 私は2人のマイペースぶりに、苦(にが)笑(わら)いする。
 他人と話をしていて、相手にペースをにぎられるなんて、ほとんどない私だけど、この2人が相手だと、どうにもダメ。
 やっぱり私が、この2人を中学生のときから知っていて、あこがれているせいかもしれない。
「あっ、そろそろ時間ね。神社へ行きましょう。舞の時刻には、混みあいそうだし」
 杏子さんが、腕時計を見て言う。
「そうですね。ねえ、翼さんとふじ……じゃなくて、圭一郎くん。もう神社に行こうって」
 美緒さんが、前の2人に声をかける。
 圭一郎兄さんの名前を呼びまちがえそうになったのは、昔のくせだろう。
 圭一郎兄さんには、ちょっと複雑な事情があるから。
「おっ。もうそんな時間か。それじゃあ、場所取りにいくか、圭一郎」
「そうだね。今から行けば、そこそこいい場所で見られるはずだよ」
 翼兄さんと圭一郎兄さんが答えて、みんなそろって、神事の巫女の舞がある、神社へと向かうことにした。

 ――シャン
 すんだ鈴の音が、静まりかえった神社の境内(けいだい)に響きわたる。
 場所取りをしてしばらく待つと、巫女の舞が始まった。
 ――息をのむほどの美しさ。
 その言葉の意味が、初めてわかったかもしれない。
 30代半ばぐらいだろうか。
 巫女が、真っ白な装束(しょうぞく)に身をつつみ、一礼をしてから、境内の舞台の上で、舞いはじめた。
 そのとたん、ざわめいていた人々が、巫女に目をうばわれるのがわかった。
 ゆったりとした舞の動きなのに、おそいとは感じない。
 今の動きと次の動きのつなぎが、ものすごくスムーズなんだと気づく。
 巫女の動きに自然と目を惹(ひ)きつけられていると、神具がまた、鈴の音をかなでる。
 巫女が舞を終え、神社に向けて一礼する。
 思わず、えっ、もう終わり? と腕時計を確認すると、舞が始まってから10分はたっていた。
 ほんの数秒ぐらいに感じたけれど、こんなに時間がたっていたの。
 あっという間だった。
「すごいわねぇ……」
 となりで、杏子さんがため息まじりに言うのがきこえる。
「ただの踊りではないのが、すごいですよ。神に捧(ささ)げる舞としか言いようがない雰囲気(ふんいき)でしたし」
 美緒さんも、巫女の舞にうっとりした顔をしている。
 やんちゃで、さわがしいアスカや、いつも静かなケイの2人も、おさないながらに感じるものがあったのか、巫女に見とれている。
 それなのに……。
「あれは、相当な練習の上に成りたつ技術がないとムリだな。マネぐらいならできるだろうが、美緒の言うとおり、それでは神事と言えるような舞には、ならないだろうしな」
「あの神具の鈴の音のタイミングも、計算されているね。もっとも効果があるタイミングで、鳴らしている。あれが昔から伝えられているというのだから、伝統というのは、すごいものだね」
 翼兄さんと圭一郎兄さんは、情緒(じょうちょ)がまったく感じられないことを言ってる。
 神様の怒りにふれるわよ、まったく。
 私は、兄さんたちにあきれつつも、まわりを見まわして言う。
「ねえ、そろそろ移動しない? 人の移動が本格的に始まると、人の波に飲まれそうだし」
 子どもを2人連れているし、人ごみは、なるべくさけたいと、大人たちも賛成する。
 だけど、その判断は、ひと足おそかったみたい。
 すでに、みんなが動きはじめていて、私たちはあっという間に人の波に飲まれてしまった。
「きゃっ」
「美緒。あぶないから、腕につかまっておけ。アスカは、お父さんの手をはなさないようにな」
 人にぶつかってよろけた美緒さんを、翼兄さんが支えている。
 圭一郎兄さんは、人ごみの中から、人が少ないルートを選んで、杏子さんとケイをエスコートしているみたい。
 さすが2人とも。
まあ、怪盗レッドなんだから、これぐらいやってくれないとね。
 ……って、そんなことを考えていたら、兄さんや姉さんたちのすがたが見えなくなる。
 まずっ! 見失ったかも。
 私はあわてて、人ごみをかきわけて進むけれど、この中から兄さんたちを見つけるのは、むずかしい。
 しかたない。
待ち合わせ場所を、携帯のメールで伝えておこう。
 私はすぐにさがすのをあきらめて、人波にさからわずに歩いていく。
 しばらくすると、杏子さんからメールがくる。
 あっ、そんなに遠い場所じゃない。どうせなら、飲み物でも買ってから、合流しようかな。
 私は近くの、しぼりたてリンゴのジュース屋さんによってから、合流場所に向かった。
 合流場所は、神社から少し離れた木(こ)陰(かげ)だった。
 どうしてか、杏子さんと美緒さん、それにアスカとケイしかいない。
 それに、なんだか杏子さんと美緒さんの顔が、暗いような……。
「すみません、はぐれました」
「美華子ちゃん! 合流できてよかったわ」
 杏子さんが、私のすがたを見つけて笑顔になる。
 でも、やっぱりどこかその表情に影がさしている気がする。
「なにかありました? それに兄さんたちは?」
 私は、杏子さんと美緒さんにきく。
「それがね……盗まれちゃったのよ」
 美緒さんが、失敗した、という顔つきで説明してくれる。
「盗まれたって……なにをですか?」
 私はおどろいて、たずねる。
「それが、言いにくいんだけど……美華子ちゃんからもらった、ロケットペンダントなの。しかも、私も美緒ちゃんもそろって」
 杏子さんが言いにくそうに、答える。
 えっ、あの気に入ってくれていた、ロケットペンダントを!?
「兄さんたちといっしょにいたのに、ですか?」
 怪盗が、身内のものを盗まれるって、間が抜けているどころの話じゃないでしょ!
「美華子ちゃんとはぐれたあとに、圭一郎くんと翼さんともはぐれてしまったの。そのときに、すられたみたい」
「美華子ちゃん、わざわざプレゼントしてくれたものなのに、本当にごめんなさい」
 杏子さんと美緒さんが、そろって頭を下げてくる。
「2人とも、頭を上げてください。そんなこと、いいんです」
 私はあわてて言う。
 だけど、あのロケットペンダント。
 杏子さんも美緒さんも、すごく気に入ってくれていた。
 それを盗まれるなんて……!
「兄さんたちは、今どこに?」
「犯人を探してくれてるわ。見つかるといいんだけど」
 美緒さんが、気落ちした表情で言う。
 私も探しにいこうかと思ったけれど、この場所に、杏子さんと美緒さんを残していくのも不安だ。
 アスカとケイもいるし。
 じれったい気持ちで、30分ほど待つと、翼兄さんと圭一郎兄さんがもどってきた。
「兄さん! どうだった?」
 私は、翼兄さんに、つめよる。
「落ちつけ、美華子。ペンダントのある場所を、見つけることは見つけたんだが……」
 翼兄さんの言葉は歯切れが悪い。
「どういうことなの?」
 私は圭一郎兄さんに、視線を向ける。
「それがね。すりの犯人は、すぐに見つけて、つかまえたんだ。だけど、そのすりが、ペンダントを持っていなかったんだよ」
「持っていないって……たしかにその人が、すったんでしょ?」
「ああ。だけど、そのすりは、おれたちにつかまる前に、途中の祠(ほこら)にあった箱に、盗んだペンダントを隠したっていうんだよ」
 翼兄さんが、苦い顔で言う。
 祠? そこまでわかっているなら、とりにいけばいいじゃない。
「その祠が問題なんだ。その箱は、さっき巫女が使っていた神具をしまうものだったらしいんだよ。しかも、その箱は、舞のあと、巫女が神具をしまって、巫女しか知らない宝物庫に納めてしまった後だったんだ」
 圭一郎兄さんが、説明する。
「ええっ? じゃあ、巫女さんに事情を説明して、取り出してもらえばいいじゃない」
「……この島の神事の伝統を考えたら、それは無理よね」
 答えは、意外なことに、杏子さんから返ってくる。
 この島の神事?
「どういうことですか?」
「この島の神事が、8年に1度しか行われないということは、知っているでしょ」
 美緒さんの言葉に、私はうなずく。
「神具をおさめる宝物庫も、8年に1度しか開けないの。つまり、今回の神事で使った神具をしまったあとなら、もう……」
「次は、8年後にしか、宝物庫は開けられないってことですか!?」
 私は、思わず声を上げる。
「そうなるわね」
 杏子さんが、困ったような表情をする。
 そんなのって……。
「美華子。ねんのため言っておくが、勝手に宝物庫を開けるってのは、なしだからな」
 翼兄さんが、くぎを刺(さ)してくる。
「わかってるわよ。この島が伝えてきた神事だもの。その決まりを勝手に破(やぶ)っていいわけがないじゃない。でも……」
 杏子さんも美緒さんも、兄さんたちもそう考えているのがわかるから、やるせない。
「……まあまあ、美華子ちゃん。8年後も私たちみんなで、もう一度きましょう。そのときのお楽しみだと思えば、いいじゃない」
「そうだよ。8年後には、この子たちも大きくなっているだろうし。来るのが楽しみでしょ」
 杏子さんと美緒さんが、私をなぐさめるように、言ってくれる。
 盗まれてがっかりしているのは、この2人なのに……。
 私ばかりが落ちこんでいたら、ダメね。
「わかりました! なら、絶対に8年後には、かならず宝物庫からとりもどしましょう!」
「ええ、そのときはお願いね」
「はい! 兄さんたちには、まかせておけませんから!」
 私ははりきって答える。
「美華子ちゃんなら、翼さんとちがって、ちゃんと覚えていそうだしね」
 美緒さんが、少し重くなった空気を変えるように、明るく言う。
「おいおい、美緒。さすがに覚えているって!」
「どうかしら~? この間、買っておいてってたのんだシャンプーを、わすれてきたじゃない」
「シャンプーとこれとは、ちがうだろう……」
 翼兄さんが、へこんでいる。
「冗談(じょうだん)。翼さんのことも信用してるから」
 美緒さんが笑って言う。
 圭一郎兄さんも、杏子さんをなぐさめるように話している。
 もう……ごちそうさまです。
 本当に、兄さんたち夫婦は、仲がいい。
 これなら、8年たっても、この人たちは大丈夫そうね。
 私は兄さんたち家族を見て、あらためてそう思った。

   *****

「……それが、8年前にあったことよ」
 美華子さんが長い話を終えて、紅茶でのどをうるおす。
「ペンダントを盗まれたっていう話はきいてたけど、お母さんたちも、すごくあのお祭りを楽しんでたんだなって……」
 わたしは、初めてきくお母さんたちの話に、不思議な感じがする。
 だって、あたりまえだけど、わたしが覚えているのは「わたしから見たお母さん」だけだから。
 美華子さんから見たお母さんのすがたって、すごく新鮮な話だったよ。
「……でも、8年後の約束は果たせなかった。だからあのとき、私はあなたたち2人といっしょに、見神島に行ったの」
 美華子さんは、いろいろな感情がまぜこぜになったような、複雑な表情で言う。
「でも、今はロケットペンダントもとりもどせたし、わたしとケイも、ちゃんと写真を入れられましたよ」
 わたしは自分のロケットを開く。
 そこには、お父さんとお母さんの写真、美華子さんの写真、そして新しく撮った、わたしとケイの写真が入っている。
「あなたたちが、そのロケットを大事にしてくれていてよかったわ。それで、今日はこれをわたそうと思ったの」
 美華子さんが、1枚の写真プリントを、テーブルの上におく。
「これって……!」
 わたしは、その写真を見て、目を見開く。
 となりのケイも、めずらしく、はっきりとわかるぐらいに表情を変えて、おどろいている。
 その写真は、見神島で撮ったものだと思う。
 後ろに写る景色に覚えがあるから。
 そこに写っていたのは、お父さん、圭一郎おじさん、お母さん、杏子おばさん、美華子さんに、小さなわたしとケイの7人。
 みんな笑顔で、お父さんとおじさんが、お母さんと杏子おばさんの肩をそれぞれ抱きよせるようにして、7人がギュッとつまっている。
「この写真は……」
 わたしは、写真から目をはなせないまま、美華子さんにきく。
「杏子さんと美緒さんにあんなことがあってから、ずっとしまいこんでいたの。でも、しまっておくぐらいなら、2人にあげるべきだと思って、探してたの」
「……ぼくたちがお店にくる前に探していたのは、これですか?」
 ケイがきく。
「ええ。だいぶ奥にしまいこんでしまっていて、とりだすのに苦労したわ」
 美華子さんが、肩をすくめる。
「この写真は、あなたたちにあげるわ」
「でも! この写真は、美華子さんにとっても、大切な思い出なんじゃないですか?」
 わたしは言う。
 だって、見神島の話をする美華子さんは、すごく楽しそうだった。
 お母さんとのやりとりとか、身ぶり手ぶりをまじえて、笑顔で話して……。
「私は奥にしまいこんでいたぐらいだし、やっぱり2人が持っているほうが……」
「……それなら、コピーします」
 え?
 ケイの急な言葉に、わたしはびっくりする。
 コピー?
「……そのプリントもだいぶ古くなっているので。データとして読み込んで修正をかければ、撮った当時の状態にかなり近づけられます。それに、データにすれば、美華子さんも、アスカやぼくも、持てますから」
 ケイは、レッドのとき以外では、めったにきいたことがないぐらい、はっきりとした口調で言う。
「それは……ありがたい話だけど……いいの?」
 美華子さんは、めずらしくとまどったような表情をしてる。
「美華子さんが持ってた写真じゃないですか! いいに決まってます。美華子さんも持っててください。持ってないとダメです!」
 わたしは、強く言いきる。
 お母さんたちだって、美華子さんにこの写真を持っていてもらいたいはずだ。
 だって、わたしなら、そう思うから。
「……ありがとう。ちょっとだけ肩の荷がおりたかも」
 美華子さんはそう言って、笑みをうかべる。
 わたしは、ちらりとテーブルの上の写真を見る。
 写真の中のお母さんたちも、「それがいい」って笑ってくれている気がした。

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第7話へつづく

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