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怪盗レッド スペシャル 第5話 マサキの“なにごともない”休日[後編]

  

 スーツ姿の人間が、たくさん行きかうビジネス街。おれは、その道を歩いていた。
 もちろん、変装はしている。
 ダークスーツ姿に、ブルーのネクタイをしめて、まわりからは、20代くらいの若手サラリーマンに見えるはずだ。 この手の変装なら、何度かしたことがあるから、ふるまい方もわかっている。
「……ここか」
 おれは、とあるビルの前で立ち止まる。
 目の前にあるのは、30階建ての、このあたりでは目立つ高さのビルだ。
 見上げると、窓ガラスに光が反射(はんしゃ)していて、まぶしさに目がくらむ。
 このビルには、複数の会社が、オフィスをかまえている。
 おれの目的地は、このビルの25階から、最上階である30階までをオフィスとして使っている会社だ。
 ビルの1階エントランスはスーツ姿の人の出入りが多く、 おれが入っていっても、とくにだれにも見とがめられない。
 エレベーターに乗り、高速で上っていく浮遊感(ふゆうかん)を味わいながら、10秒ほどで25階にたどりつく。ここまでは、すんなりとくることができた。
 さて。ここからだ。
 エレベーターを降りると、すぐのところに会社の受付があり、女性が2人すわっている。
 ここで受付をしないと、目的のフロアに立ち入ることができない。
「すみません。総務部(そうむぶ)の槇原(まきはら)さんと約束している、碓井(うすい)コーポレーションの榎田(えのきだ)と申します」
 おれはいつもと声色(こわいろ)を変えて、受付の女性に話しかける。
 当然、事前にこの会社の社員については、調べてある。
 総務部の槇原という人物は、本当に在職(ざいしょく)しているし、碓井コーポレーションは、本当にこの会社の取引相手だ。
「はい。碓井コーポレーションの榎田様ですね。少々お待ちください」
 受付の女性は、内線電話で連絡をとる。
 槇原には、当然ながら約束の覚えはないはずだが、取引相手を名乗る人間がやってきて「約束がある」と言われたら、無下(むげ)にする会社など、そうそうない。
 電話を切ると、受付の女性は少しとまどった表情で、おれを見る。
「約束した覚えがない」と言われたのかもしれない。だが……。
「槇原は、すぐには手がはなせないので、中でお待ちいただけますか。こちらが入館証(にゅうかんしょう)になります。お帰りのさいに、ご返却(へんきゃく)ください」
 受付の女性は、おれに、ケースに入ったカードキーをわたしてくる。
 最近のオフィスは、こういったカードキーでドアを開けるところが多い。
 この会社もそうで、カードキーを忘(わす)れると、社員ですら、トイレからオフィスにもどってこられないなんてことがおこる。
 セキュリティ上、必要なことかもしれないが、便利になったのか不便になったのか、微妙(びみょう)なところだろう。
 セキュリティ面でも、こんなあやしい人間を、あっさり入れてしまっているのだから、穴(あな)がある。
 おれはさらにエレベーターで30階に移動し、オフィスのドアを、カードキーで開ける。
 ここには、総務部と経理部(けいりぶ)、それに社長室がある。
 オフィスのドアを開けた瞬間に、中にいる社員から視線をむけられたが、すぐにその視線も散(ち)る。
 見知らぬ顔でも「カードキーを持って入っているなら、だれかの客なのだろう」と思いこむから、それ以上は関心をはらわないのだ。
 潜入(せんにゅう)する者には、楽で助かる。
 こういったオフィスは、最初のドアだけにセキュリティがあって、中にはセキュリティはないことが多い。
 いちいち、セキュリティチェックをしていたら、仕事にならないからだろう。
 おれは、まっすぐに奥にある社長室にむかう。堂々と歩いていくと、だれも止めない。
 社長室にも、めんどうな鍵(かぎ)はついていなかった。
 ノックをしてから、ドアを開ける。中に社長はいない。
 社長は出かけていて、もどってくるまで、あと10分ほどかかることは調べてある。
 おれは、社長室を見まわす。
 かべには数百万円はする高級な絵画、棚(たな)には大ぶりの壺(つぼ)や花瓶(かびん)などがならべてある。
 美術品収集の趣味があるようだ。
 防音もしっかりしている。これも都合がいい。
 さてと。

 そろそろ、社長がもどってくるころか。
 おれは、ドアのかげに隠れて、気配を消す。

 ガチャ

 社長室のドアが開く。
 高級スーツに身を包み、香水のにおいをぷんぷんさせた30代後半の男が、社長室の奥のイスにむかって歩いていく。
 おれは、気配を消したまま、社長の背後に立つ。
 さっき、桜子(さくらこ)を監視(かんし)していたやつらは、さすがにこの段階で気づいたが、社長はまったく気づかない。
 おれは無言で、うしろから社長の口と手をおさえこむと、 首すじに、とがったものをつきつける。
「な………もごもごもご……!」
 社長が、おれに口をおさえられながら、何かを言おうとしている。
 どうせ、「なんだ、おまえは」とかいったところだろう。聞く価値もない。
「人を拉致(らち)する計画を指示しておいて、自分がこうされる可能性は考えなかったのか?」
 おれは、冷(さ)めた声で社長に言う。

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 この会社は、新進気鋭(しんしんきえい)のベンチャー企業。
 しかし、やり方が強引で、研究者を脅(おど)しまがいに引きぬいたり、研究成果をかすめとるようなことをしたりと、悪いうわさが絶(た)えない。
 ずいぶんと物騒(ぶっそう)な方法だが、それでも訴(うった)えられないのは、桜子を拉致しようとしていたやつらのような、プロの裏稼業(うらかぎょう)の集団を雇(やと)っているからだ。
 過去にも、告発しようとしていた人間が、不幸な事故にあったりしている。
 この社長が、今度目をつけたのが、桜子だ。
 最近、桜子が大学でしている研究が、金になると考えたらしい。
「うぐうぐぅ……!」
 社長が強くうめくので、おれは口から手を放(はな)してやる。
 拉致について言われた以上、今すぐ人を呼ぶより、おれの素性(すじょう)を探ろうとするだろう。
「こ、こんなことをして、ただですむと思っているのか!」
 社長は、首につきつけられたもののせいで、身動きがとれないながらも、怒鳴(どな)ってくる。
「ほお、強気だな」
 おれは、わずかに 怒気(どき)をはらんだ声で、静かに言う。
「なら、ごじまんの荒事(あらごと)のプロでも呼んだらどうだ?」
 おれは、手も放してやる。
 首筋には、とがったものをつきつけたままだから、社長はその場からは動けない。だがこれで、手と口の自由はきく。
「こ……後悔(こうかい) させてやる!」
 社長は言いながらスマホをとりだして、どこかに電話をかける。
 数回のコール音のあとに、相手が電話に出る。
「今すぐ助けにこい。何者かの襲撃(しゅうげき)を受けているんだ。いそげ!」
 社長が怒鳴る。
 だが、電話からもれてくる声は、冷めていた。
『悪いが、お前とはこれっきりだ。相手が悪すぎる。おれたちは手を引く。ほかのやつらも、同じだろう』
「な、なんだと! ふざけるな! おまえたちに、いくら払(はら)ったと思ってるんだ!」
 社長がわめきちらすが、電話はそのまま切れる。
 ツーツー、という音だけが、社長室にむなしく響(ひび)く。
 社長は、すぐに作戦を変えてきた。
「な、なあ。金なら出す。お前を雇(やと)っている人間の、2倍、いや3倍でも4倍でもいい。どうだ?」
 社長は、おれにむけて言ってくる。
 なるほど。今度はおれを買収(ばいしゅう)か。
 ……ふざけるなよ。
おれは、自分の目が、するどくなるのを感じる。
「きさま、おれの忠誠(ちゅうせい)を、金で買えると思っているのか!」
「ひ、ひぃ!?」
 怒気をふくんだ、おれの声に、社長がちぢみあがる。
「命は助けてやる。ただし、二度目はない」
 おれは言って、首すじにつきつけていたボールペンを引く。
「がっ……」
 間髪(かんはつ)をいれずに、社長の首すじに手刀(しゅとう)を入れて、気絶させる。
 おれは、ふたたび「若手サラリーマンの榎田」の表情にもどって、社長室を出た。
 受付で、入館証を返して、そのままオフィスを後にする。
 さてと。
 桜子の様子を見に、もどるか。

  

 桜子は、学校近くのケータイショップにいた。
 なぜか、学校が終わってすぐに、桜子はこの店にやってきた。
 おれは、店内の桜子が見える位置で、めだたないように見守る。
 すでに変装は、すでに解(と)いているが、この距離なら、桜子から、おれのすがたは見えないだろう。
 ここに来る前に、いちおう、学校のまわりを回ってみたが、さっきのやつらも、おとなしく引いたようだ。
「これで桜子が狙(ねら)われることはないだろ。裏のやつらの情報伝達は速い。『宇佐美(うさみ)桜子には正体不明の警護がついている』とでも思われれば、あらたに手を出すバカも現れないだろうしな」

 結局、桜子から送られてきた「SОS」のメッセージについては、わからないままだが、今見たかぎり、これ以外の問題はなさそうだ。
 そう思って、おれがその場から離れようとした、そのときだ。
 おれのスマホが、かるくふるえた。
 見ると、桜子と繋(つな)がっているトークアプリに、メッセージが届いている。
『マサキ、昨夜(きのう) はごめんなさい! スマホをマグカップの中に落としちゃって、返信できなかったんだ。今、代わりのスマホを貸してもらって、いそいで連絡したの』
 連絡がとだえたのは、そういうことだったのか。桜子が不器用なのは、あいかわらずだな。
『SОSとは、どういう意味だ?』
 おれはメッセージを返す。
『あれは……につまってた研究が、解決できそうなヒントを思いついて、それを考えているうちに、自然と指が動いていたみたいで……ごめんなさい』
 頭を抱(かか)えたくなったが、桜子なら十分にあり得(う)る。
 あの事件のときも、ものすごい集中力で、考えごとをしているときは、まったくまわりが見えていないようだったからな。
『もしかして、心配かけた?』
『問題ない。ただ、今度からスマホを防水仕様のものにしておくんだな』
『だね。そうする』
 それから、すぐにもう1つメッセージがきた。
『あの……もしかしてなんだけど、マサキ今、近くにいたりする?』
 桜子は、たまにこんなふうに勘(かん)が働くことがある。
『いや。見まわしても見えないぐらい、遠い場所だ』
 おれは、桜子があたりをきょろきょろしているのを見ながら、メッセージを打ちこむ。
『やっぱり、近くにいるんじゃない!』
『もし当たったのなら、桜子の行動がわかりやすいだけだ。 用がないなら、じゃあな』
 おれはトークアプリをとじてスマホをしまおうとするが、その前にメッセージが届く。
『ねえ、マサキ』
『なんだ』
『用がなかったら、連絡したらダメかな?』
 ……………!
 おれは、乱暴に頭をかく。
 本当なら、桜子みたいな“表の世界”の人間が、おれのような人間と関わるべきじゃない。
 だけど……。
『たまになら、用がなくても話ぐらいはきいてやる』
 気づいたら、おれはそうメッセージを返していた。
『うん、ありがとう』
 そうメッセージを打ちこんでいる桜子は、笑顔だった。
 おれは今度こそスマホをしまい、そっと、その場を離れた。

  

 夜になり、おれは恭也(きょうや)様の部屋に帰ってきた。
「おかえり、マサキ。……どうやら、今日はうまいご飯が食べられそうだね」
 恭也様が、おれの顔を見るなり、不(ふ)可(か)解(かい)なことを言う。
 とはいえ、昨日(今日だったか)は不手際(ふてぎわ)があったので、訂正(ていせい)もできない。
「今日もオムライスです。材料を買ってきました。……ですが、その前に部屋の片づけが必要みたいですね」
 おれは、部屋を見まわして、肩を落とす。
「そうかな?」
 恭也様は、不思議そうな顔をしている。
 なぜ、この部屋を見て、そんな表情ができるのか、恭也様の心の中を知りたい。
「そうですよ。どうしたら、たった半日でこんなに散らかせるんですか。まったく」
「ふ~ん」
 片づけにとりかかったおれを、恭也様がニヤニヤ笑いで見てくる。
「なんですか」
 おれは、冷たい目で恭也様を見る。
「いつもより、マサキの機嫌がよさそうだと思ってね」
「よくないですよ。こんなに部屋を散らかして」
「そういう意味じゃないんだけどな。まあ、いずれマサキも気づくか」
 恭也様は、肩をすくめる。
「何の話です?」
 おれは意味がわからず、首をかしげる。
「気にしなくていいよ。オムライスが楽しみだなぁ~ってこと」
 恭也様はそう言って、ソファにゴロンと横になる。
 おれは、恭也様のほうを見て、片づけの手を止める。
「それならソファでゴロゴロしてないで、恭也様も少しは片づけを手伝ってください」
「おれが片づけると、よけいに散らかるだろ?」
 恭也様は、すぐさま言い返してくる。
 たしかに、恭也様に手伝ってもらったら、片づけは夜中になっても終わらないだろう。
 あきらめて、1人で部屋の片づけを再開する。
 ……たしかに、今日1日、かなりの長距離移動だったのに、体がかるい気がする。
 それに……。
 なぜだか今日は、いつもよりうまいオムライスが作れる気がする。
 理由はわからないが、恭也様においしいオムライスを出せるのなら、問題はないか。
 そう思い、拾いあげたシャツを洗(せん)濯(たく)かごに入れた。

第6話につづく


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