怪盗レッド スペシャル 第7話 「夏の夜の夢」のうらがわで
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怪盗レッド スペシャル 第7話 「夏の夜の夢」のうらがわで

今回は、『怪盗レッド』18巻のサイドストーリーだよ。
ネタバレがあるので、まだ読んでいない子は気をつけてね!

 

「はあ~あ」
 わたし――瀬川水夏(せがわみなつ)は、演劇部(えんげきぶ)の部室のイスにすわって、大きくのびをする。
「副部長って、こういう報告書を書く仕事が多いんだって、副部長になって初めて知りました」
 正面の席で、わたしと同じように書類に向かう加瀬(かせ)部長が、おっとりとした笑みをうかべる。
「そうなのよね。生徒会への報告書とか、機材の貸し出し申請(しんせい)とか。ほかの部より、書く書類は多いと思うわ」
 演劇部の部室にいるのは、わたしと加瀬部長の2人だけ。
 昼休みをつかって、生徒会に提出する、演劇部の活動予定をまとめているところだ。
 まだ次の公演の予定はないけど、夏休み中に体育館を使って練習するために、早めに希望を伝えておかないと、ほかの部活で予定がうまっちゃう。
 体育館は、使いたい部が多いしね。
「でも、水夏が副部長になってくれてよかった。書類をまとめるのも手早いし、助かるわ」
 加瀬部長が、ほんわかとした口調で言う。
「これぐらいなら、わりと得意なほうですし」
 わたしは、書類を書きながら言う。
「最初、水夏が副部長に決まったときはね……。きっとわたしのこと、幸(ゆき)村(むら)先輩と比べて『なってない!』って、怒るんだろうなと思ってたの」
「えええっ!? そんなふうに思ってたんですか!」
 わたしは、思わず顔を上げて大きな声を出す。
「も、もちろん、今は思ってないわよ。ただ、水夏って、すごく幸村先輩のことを慕っていたでしょ。だから、次の部長がわたしじゃ、気に入らないんじゃないかって……不安だったの」
「そんなことあるわけないじゃないですか……。そもそも、わたしは加瀬部長のことも、尊敬してます」
「んん? そうなの? な、なんだか、面と向かって言われると、照れるわね」
 加瀬部長は、ほおに手をあてて、首をわずかにかたむける。
 高等部に進学した幸村涼香(すずか)先輩の後を継(つ)いで、中等部演劇部の部長になったのが、この、ちょっとのんびりした、加瀬雪穂(ゆきほ)先輩。
 去年まで、幸村先輩の相手の王女役だったり、女王役だったり、幸村先輩とからむ役を演(えん)じることが多かった。
 つまり、幸村先輩といっしょに舞台に立っても、まったく見(み)劣(おと)りしない実力の持ち主なんだよね、加瀬部長って。
 とくに、王女役や女王役といった、気品のある役に、すごくはまる。
 幸村先輩の人気にはおよばないけど、当時から、加瀬部長もけっこうな人気があったんだ。
 女性役を演じる部員からは、お手本にもされてたりする。
 そんな先輩を、わたしが不足だと感じるわけない。
「副部長に立候補したのは、自分の成長につながるかなって思ったからです。わたし、人に対して、きびしくしすぎちゃうことがあるので」
 アスカと最初に会ったときも、そんな自分だから、うまく仲良(なかよ)くなれなかったんだよね。
「水夏のきびしさは、自分に対してもでしょ。しかも、自分には他人相手より、さらにきびしいところがあるし」
「そう言ってくれるのはうれしいですけど……。やっぱり言い方とか、態度とかで、人への伝わり方ってちがうと思うし、そういうことを学ぶのに、副部長の立場っていいかなって思ったんです」
「なるほどねー。でも、水夏って、1年生にはそんなに怖がられてないでしょ? 面倒見(めんどうみ)もいいし」
「いえ……それなりに怖がられてはいると思いますけど。……でも、たぶん加瀬部長のほうが、怖がられてます」
「えーーーーーーっ! うそ!?」
 加瀬部長は、ショックを受けたように、目を見開いている。
 どうやら、ぜんぜん自覚がなかったみたい。
「加瀬部長は、見た目と雰囲気(ふんいき)はおっとりしてるのに、ビシッときびしいことも言うじゃないですか」
「そ、それは部長だから、当然だよ……」
 雰囲気は、友達の優月(ゆづき)とそう変わらないのに、部活の時間になると、ガラリと変わるから最初はみんなおどろくんだよね。
「でも、1年生は、そこにすごくギャップを感じて、ショックだったみたいですよ」
「ううぅ……まあしょうがないかぁ。部長なんだし」
 加瀬部長は、がっくり肩を落としつつも、受け入れたみたい。
 ……ふふ。
 実際のところ、怖がられてる以上に、練習や演技の面で、尊敬もされているんだけどね。
 それを伝えると、加瀬部長によけいなプレッシャーをかけそうだし。
 去年まで、伝説的な人気をほこった幸村先輩の後を継いだ加瀬部長が、プレッシャーを感じていないわけがない。
 そんな様子は見せないけれど、部活のとき、気を張っているのは、副部長として近くで見てきてるから、よくわかる。
「そういえば、紅月(こうづき)アスカは正式に入部しないのかな? あの子、正式に部員になっても、ぜんぜん問題ないと思うんだけど。水夏の友達なんだよね?」
 加瀬部長は、気分を変えようと思ったのか、話をガラリと変えてくる。
「わたしもさそったんですけど、ちゃんと部活に出られないかもしれないからって、遠慮しちゃって。妙(みょう)に生真面(きまじ)目(め)なところがあるんですよね、アスカって」
「そっかぁ……アスカの運動神経は、幸村先輩以上だし、正式に入部してくれたら、演劇部も色々とやれる演目がえるなぁ、と思ってさ」
「こればっかりは、アスカの気持ち次第なので。なにかきっかけがあれば、気持ちも変わるかもしれないですけどね」
 加瀬部長とわたしは、そんなふうに話しながら、生徒会に提出する書類を片づけていく。

 

 演劇部の練習が終わったあと、わたしは体育館に残って、台本を片手に舞台上にいた。
『――おい、いたずら好きのパック。いるんだろう? 出てきてくれ』
 わたしは、オベロン役のセリフを読み上げる。
 明日の昼休みには、オベロン役のオーディションがある。
 今日、幸村先輩からの提案で、急に決まったシェイクスピアの喜劇「夏の夜の夢」の公演。
 しかも、アスカは、いたずら妖精のパック役をすすめられてる。
 アスカはまだ、役を受けるかどうかなやんでいるみたいだけど……。
たぶん、受けるんじゃないかなと、わたしは思ってる。
アスカなりに、入部をためらう理由があるのかもしれないけど、演技してるときのアスカは、いつも、すごく楽しそうだから。
 もし、アスカがパック役を演(や)るなら。わたしもアスカといっしょの舞台に立ちたい。
 一番間近で、演じたい。
 それなら、オベロン役が一番いい。
 そう考えて、オベロン役に立候補した。
 ただ、オベロン役には、実力のある3年生や2年生も立候補してる。
 わたしだって、演劇部の中では、演技力があるほうだと思う。
 だけど、一番かと言われたら、そうじゃないことぐらいは、わかってる。
 ちょっと安心なのは、加瀬部長が妖精女王のティターニア役に立候補していることかな。
 加瀬部長と役を争ったら、かなう気がしないし。
 ……ううん、そんな心(こころ)構(がま)えじゃダメだよね。
 かなうとか、かなわないとかじゃない。
 わたしのオベロンを演じなきゃ。
「水夏、まだ練習?」
「加瀬部長!?」
 声がしたほうをふり返ると、加瀬部長がいつの間にか舞台の下に立っている。
「戸締(とじ)まりはわたしがするので、先に帰ったんじゃ……」
「水夏のことだから、居残り練習するつもりだと思ったの。オーディションは明日なんだから、むりはよくないよ」
「わかってるんですけど、不安で……」
「なら、少し本読みに付き合おうか」
「いいんですか?」
「それぐらい、かまわないよ。ここからかな」
 加瀬部長は、台本を開く。
『――あれれ。隠れていたのが、バレてましたか』
 加瀬部長は、一瞬にしてパックになりきる。
 幸村先輩のパックとちがって、愛嬌(あいきょう)が、より強く表現されてる。
 それが、すごく自然。
 いつも王女や女王といった役が多い加瀬部長だけど、それ以外の役もやっぱり演技のレベルが高い。
 わたしはすぐに、次のオベロンのセリフを続ける。
『――おまえに頼みたいことがある。おれはある時、見たんだ……』
 そうして、わたしと加瀬部長は、下校時刻ギリギリに先生が注意しにくるまで、練習を続けた。


 ――どう演じたらいいんだろう。
 わたしは、念願のオベロン役に選ばれた。
 だけど、始まりはここから。
 自分の役作りをすることは、演じるときはいつもやっていることだから、大変ではあるけどなれてる。
 だけど今回は、アスカのパックと、からむ場面が多い。
 わたしは、アスカのパックを相手にして、どんなふうに演じればいいのか、はかりかねているんだ。
 この、短すぎる練習期間で、アスカなりにせいいっぱいやっているけど、どこまでやれるのかわからない。
 わたしのオベロンばかりが目立って、パックの存在感とのバランスが乱(みだ)れたら、公演としては失敗だ。
 それくらいなら、アスカの演技に合わせるべきなのかな、とも思う。
 明日は、通し稽古(げいこ)の予定なんだよね……。
 どう演技したらいいのかな……わかんないよ。


 ――幸村先輩には、やっぱり見抜かれた。
 通し稽古で、わたしがアスカに合わせて、演技を加減したことを。
 アスカが演じやすそうだったから、稽古が終わった直後は、これでよかったんだと思った。
 だけど、幸村先輩は怖い顔をしてわたしを見てた。
こう問われてるみたいだった。
『水夏、本当にそれでいいの?』って。
 ……それでも、わたしはまだ迷ってる。
 わたしが全力を出すことで、それがアスカにとって、楽しい公演になるんだろうかって。
 アスカの演技は、この期間にも、すごくよくなってる。
 だけど、主役級の役としては、やっぱり見劣りする。
 幸村先輩がつきっきりで練習しているから、本番までには、もっといい演技になると思う。
 それでも、まだ大きな差がある。
「経験の差」って、すごく大きい。
 もしもアスカが、この「夏の夜の夢」の前に、一度でも大きな役を、舞台の上で演じきっていたら、またちがったと思うけど……。
 このまま舞台に上がって、アスカがつらい思いをするだけになったら……。
「考えごと?」
 不意に声がきこえて、顔を上げる。
 部室のドアの前に、加瀬部長が立っていた。
「今日のことを、ちょっと……」
「幸村先輩に、はっきり言われちゃったからね」
 加瀬部長はそう言って、苦笑(にがわら)いする。
 そのまま、わたしの向かいの席にすわる。
「わたしのこと、少し話してもいい?」
「え? はい……」
 急に加瀬部長に言われて、わたしはうなずく。
「幸村先輩が部にいたとき、わたしがよく幸村先輩とからむ役を演じてたことは、水夏も知ってるよね?」
「はい、もちろん」
「幸村先輩はね。一度も、手を抜いてこなかったの。いっつも全力。わたし、幸村先輩の役におされて、ぜんぜんバランスが取れなくて。実力がないんだ、もうダメだ、役をおりようって何度も思った」
「加瀬部長が、ですか?」
 おどろきだ。
 こう見えて、加瀬部長がねばり強い性格だということを、近くで見てきて知ってる。
 その加瀬部長が、役をおりようと考えるんだから、相当のことだと思う。
「でもね。幸村先輩は、練習のとき、絶対にわたしから目をはなさないの。直接は、なにも言わないんだけど、『絶対できる』『信じてる』って目をしててさ。もうこっちは限界だよーって思ってるのに、幸村先輩にそう思われちゃったら、がんばるしかないじゃない」
「がんばれたんですか?」
「うん。がんばれちゃった。本番でも幸村先輩の役におされたけど、公演をこわすようなことはなかったよ。とにかく、役を演じるのに必死で、ほかのことなんて考えられなかった。幸村先輩がすごいのは、いつもその役以外のことを考えない、混じり気なしの気持ちで舞台に上がってるからだと思うんだ。ふつうは、自分の不安とか緊張とか、色々持ちこんじゃうでしょ。そういう混じり気がないの」
「……言われてみれば、そうかもしれないです」
 わたしは、幸村先輩が出ていた公演を思い返してみる。
 いつだって、その演技に引きこまれたのは、舞台上の幸村先輩が、その役そのものにしか見えなかったからだ。
「だからって、べつに幸村先輩と同じになる必要はないんだけどね。ただ、部活のときにも言ったけど、おさえた演技をしてても楽しくないでしょ? アスカは舞台の上で、きっと水夏に応えてくれるよ」
「そうですね……わたし、友達としてだけじゃなくて、役者としてのアスカのことも信じます」
「うん。もし、なにか問題がおきても、それは部長のわたしが責任をとるから。水夏はせいいっぱいやって。それがわたしにとって、一番うれしいことだから」
 そう言った加瀬部長は、おだやかなほほえみをうかべていた。

 

 終わったぁ……。
 わたしは、大きく息をつく。
 公演も大成功に終わり、そのあとにスカイタワーであったさわぎにも巻きこまれずに、みんな無事に帰ってこられた。
 それが3日前の話。
 わたしは、気がぬけた気分で、演劇部の部室にいた。
 いつもの窓ぎわの席にすわり、向かいには加瀬部長がいる。
 公演が終われば、今度は生徒会への報告書づくりが待っているんだ。
 もちろん、公演に協力してくれた家庭科部などへの、お礼もすませてある。
 公演が終わっても、まだまだ仕事があるんだよね。
 これも副部長になって、初めて知ったことだ。
 だけど、知ることができてよかったと思う。
 公演が、まわりのたくさんの人たちに支えられてるっていうことに、より実感が持てるようになったから。
「そういえば、スカイタワーの係の人から連絡があってね。公演も評判がよかったし、そのあとのさわぎにも冷静に対応してもらえて、とても助かりました。また機会をもうけられるように検討します、って言ってたよ」
「ほんとですか!?」
 わたしは、思わず立ち上がりかける。
 中学校の演劇部が、スカイタワーの劇場で公演できるなんて、今回きりのことだと思ってた。
 だけど、またチャンスがもらえるかもしれないなんて……!
「うちの学園だけじゃなくて、地域のほかの中学をふくめてっていう話だから、次もわたしたちにって話では、ないけどね」
 加瀬部長はそう言って、肩をすくめる。
「それでもすごいことですよ!」
「だね。今度は、このあたりの中学の演劇部で集まって、合宿とかできるといいかもね」
「いいですね。ぜひ、やりましょう!」
 わたしは、力をこめて言う。
 いろんな演劇部と交流すれば、色々なことが学べそうだし、ほかの演劇部がどういう練習をしてるのか、すごく気になる。
「それにしても、今回の公演のアスカは、すごくがんばったね。正直、本番であそこまでできるとは、思ってなかったよ」
「もともとアスカは、本番に強いタイプなので。だけど、わたしもおどろきました。いっしょに演じてて、本当に楽しかったですし」
「そうそう! そういうところは、幸村先輩とちょっと似てるところがあるかもね。今回の経験でアスカが演じられる役のはばも、ぐっと広がったと思う。演劇部が公演できるものの選択肢も広がるなぁ。本当に秋の公演の演目になやんじゃうよ」
「うれしいなやみですね。ピーターパンとかもできそうですし、オリジナルの脚本でもいいと思いますし!」
 そのとき。
 コンコン。
「おじゃましま~す。なにしてるんですかー?」
 部室がノックされたかと思ったら、ドアが開いてアスカが顔を見せる。
「アスカこそ、夏休み中なのに、なんで学校にきてるのよ。まさか学校があると、かんちがいして……」
「そこまで、おっちょこちょいじゃないよ!」
 アスカは、ほおをふくらませる。
「学校に宿題のプリント忘れてたから、とりにきたの。そうしたら、演劇部の部室に明かりがついてたから」
 それも、胸を張って言えることじゃないと思うけど……。
 でも、こんなに早い時期に宿題のプリントのことを思い出しただけ、成長したのかも。
 どうせ今年も、休みの終わりごろに、みんなで集まって、宿題をやることになると思うけど。
「それで、加瀬部長と水夏は、どうして部室に?」
 アスカが、あらためてきいてくる。
「報告書を、生徒会に提出しないといけないの」
 わたしが答える。
「大変そう……手伝おうか?」
 アスカの申し出に、わたしと加瀬部長は、顔を見合わせる。
「ありがたいけど、アスカにまかせるのは、そこはかとなく不安が……」
「ひどっ! たしかに報告書とか書ける自信はないけど……」
 いやいや、アスカに限らず、いきなり報告書を書けって言われても、むずかしいと思うよ。こういうのは、慣れだから。
「なら、こっちの書類を分けてもらえる? 衣装に関係するものと、それ以外で分けてくれればいいから」
 加瀬部長が、山積みになっていた書類を、テーブルの上に移す。
 家庭科部に作ってもらった衣装は、演劇部の部費からも製(せい)作(さく)費(ひ)を出して、2つの部の共同所有ってことになる。
 ただそれだと、いずれなあなあになるからって、ちゃんと生徒会に報告して、3者で管理することになったんだ。
 今回は、そのための報告書なんだけど、けっこう枚数があるんだよね。
「それくらいなら、できます!」
 アスカは元気よく返事をすると、うれしそうに手伝い始める。
 そのアスカの姿を見つつ、わたしはクスリと小さく笑う。
 今までのアスカは、どこか演劇部との距離(きょり)を保とうとしてた。
 そのアスカが、すすんで手伝いにくるなんて、正式な部員になって、さらに公演を乗りこえて、ちょっと変わったのかも。
 アスカは、今まで立ち止まっていたぶん、きっとどんどん成長していく。
 ……本当に、秋の公演が待ち遠しくなってきた。
 わたしも、負けないようにしないと!
 でも、今はまず報告書を終わらせないとね。
 わたしは報告書を書きながら、自然と笑みをうかべていた。

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第8話へつづく

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